この「流動性の罠」は、日本のデフレからの解決策を提示した論文とも云うこともでき、日本は当時、失われた20年の前半、ちょうど7~8年目の頃です。日本は経済成長も政治も良くなく、非常に苦難の中にありました。そのときに、論文では、日本について「現在成長率は低いが今後高くなる」と指摘したのです。ただし、どうすれば高くなるかが問題で、それは金融緩和でお金をじゃんじゃんと刷って、マネーを増やすことによって景気に刺激を与えることであり、そうすれば必ず景気は良くなり、全てはバラ色に変わるだろうというのがこの論文の内容でした。要するに、普通の金融緩和ではダメで、大量にお金を刷り、刺激を与えることをしていけば変わっていくということだったのです。
しかし今回、いろいろな検証をしてみたところ、今の日本は一人当たりのGDP成長率はアメリカやヨーロッパよりも高いという結果が出ました。つまり、日本は一人ひとりのパフォーマンスで見ると、アメリカやヨーロッパよりも充分良くなっているのです。それなのに一人ひとりを集めた国全体のグロスの数字では、GDP成長率が0.5%ほどしかないのです。そもそも日本の潜在成長率は0.5%で、それは達成しています。一人ひとりは頑張っていて、パフォーマンスはとてもよいのに、国全体としては小さな成長にとどまっているわけで、それはなぜなのでしょうか。
それはつまり、人口が少ないからだというのです。一人ひとりは頑張っていても、その人数が少ないので、アメリカやヨーロッパよりも成長できていないということなのです。結局、日本の経済が良くならないのは労働人口が減っているからで、これは人口統計を見ても今後も減っていくことが明らかになっています。そのため今後も日本は苦しい状況が続くという論文は、すでに日本国内でも出されていて、日本の問題は人口の問題だという、まさにそのことをクルーグマン氏は改めて述べたにすぎないのです。そのことは、私たちは以前からわかっていたことです。だからこそ、今回のアベノミクス第2弾では出生率を増やすことが目標とされているのです。
クルーグマン氏は、検証の結果、日本の問題は労働者が少ないことでしたと今頃言い始めたのです。17年前に書いた自らの傑作とする日本に関する分析は間違っていたと謝っているのです。日本は異次元緩和を続けているにもかかわらず、成長率は低く、自然利子率も依然としてマイナスが続いていると思われます。今回クルーグマン氏は、今後もこの状況が続くと言っています。日本だけではなく、FRBもECBもとってきた緩和政策の理論的バックボーンの一つが、以前のクルーグマン氏の分析だったわけですが、それが今回、労働者の減少が問題だったと言い換えられたということなのです。
インフレ、物価はマネーの現象とみる人たちをマネタリストと言い、マネタリストはお金を刷れば物価は上がると考えます。そして、さらに伝統的な範囲を超えてどんどんとお金を刷るべきだとクルーグマン氏は言っていたわけです。実際、日銀は異次元緩和で国債を買いまくり、日銀の勘定にある現金と当座預金は大変な勢いで積み上がり、340兆円、2.4倍にも上りました。お金を刷ればどんどん世の中にお金が出回り、物価が上がるというのがマネタリストの主張で、クルーグマン氏も異次元緩和を推奨していたわけです。
ところが、実際今、日本に出回っているお金であるマネーストック、企業と家計によって流通しているお金は1227兆円で、前年比わずか2.9%しか伸びていないのです。マネタリーベースを増加させれば、マネーストックが増えると言っていたはずですが、そうはなっておらず、「異次元緩和は失敗だった」のではないか?ということが読み取れるのです。
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