グローバル・マネー・ジャーナル

2023.9.29(金)

世界の経済情勢について(田口 美一)




 

2022.12.14(水)
円安の今後と海外通貨について(岡村聡・岡村さとみ)
世界の経済情勢について(田口 美一)

金融を制するには、大局観を身に付けることが必須

私が初めてスイスで為替のトレーニングを受けたのは、1986年の秋でした。為替の実態、オプション取引、先物等について、3週間にわたってスイス三大銀行で最も有名な為替ディーラーからトレーニングを受けました。私が参加したときにはFRBの為替のヘッド、Bank of England、Banque de France、Bundesbankの為替介入ディーラーやチーフディーラー、アジアからはシンガポール、香港、韓国の為替責任者が参加していました。そして自動車メーカー、GMの為替責任者や、南アメリカの為替責任者とも一緒に学びました。またソ連の外国貿易銀行のインテリジェンスとされる人物が参加していたのも、スイスならではだと思いました。

このトレーニングで、スイス・ナンバーワンの為替ディーラーから必ず覚えておくべきと言われたことが二つあります。一つは目先の為替の動きを必死に追いかけることで、これは当たり前だと私は聞いていました。しかしもう一つについては、本で勉強したことや日銀ディーリングルームで世界市場を分析しながら実際に学んだこととは全く違うもので、「大局観を持て」という教えでした。

例えばドル円で1ドルが200円のとき、どういう状況になれば1ドルが100円になり、また300円になるのはどういう場合なのか、円安、円高に大きく傾く場合にはドル円だけではなく、ポンドやマルクといった他通貨がどう動くのか、どのような可能性があるかを常に考えろということでした。要は経済、金融市場の先々の動きをどれだけ考えられるか、それが金融市場でのサバイバルにつながるということです。一度や二度、2年や3年といった目先の相場を乗り切っても、5年、10年、さらには25年、30年といった長丁場を生き残れなければ、本当の意味で成功したとは言えないのです。

しかし、残念ながら日本には大局観で動くプロはいません。私が日銀を辞めてファンドマネジャーとして金融市場にデビューした1990年から今に至るまで、ずっと私はデフレ観と、日本の金利は下がるという意識を持っていました。1990年代、日本のプロフェッショナルで金利が下がり続けると言っていた人は100人中5人ほどで、残りの95人は予想を大きく外しています。大局観がなかったのです。しかし日本はサラリーマンの世界ですから、外しても通用します。現に残りの95人の中には、有名生命保険会社や銀行、証券会社の役員となっている方々が多く居ます。対して欧米やアジアの国々では、そこまで外してしまっては金融の世界では生き残ることはできません。日本に来たヘッジファンドで常に金利が上がるポジションを取っていた人は、あっという間にクビになって辞めていきました。私はブレバンハワードやソロスといった、日本の金利が下がることにベットして大儲けした人たちをたくさん知っています。本当のプロは、必ず大局観を持っているのです。

次に「日本経済」を考えたいと思います。今さら日本経済?と思われるでしょうが、日本のメディアや専門家のほとんどは日本経済の分析をしていません。したとしてもメディアは取り上げず、注目すらされません。私も間違っていましたが、日本はアベノミクスのときにGDPは確かに増えました。しかし世界で見ると日本はじり貧で、コロナの最中にはさらに下がりました。

まず下の右のグラフを見てください。これはGDPの名目で、OECDの為替レートを割り戻して出した数字です。ドルベースで考えて、アメリカ、中国は順調に上がっており、ヨーロッパの国々も、高いペースではないものの順調に上がっています。そして、この青い線が日本です。コロナの最中に急激に下がっており、円安もその理由です。
そして1人当たりGDPについても同様に、日本は下がっています。この認識をすることが非常に重要で、失われた30年は足元で加速しています。この認識を持たなければ、グローバルで日本を見たときに間違った判断をすることになります。日本はじり貧化しているということを今一度、頭にたたき込まなければなりません。

しかしポイントなのは、日本の株価が戻っている点です。株については他の事情もいろいろ絡んでおり、日本株をアンダーウエートし過ぎている世界の年金マネジャーなども多くいます。私自身は4~5年前、日本株にはほとんど手を付けませんでした。多くの専門家であるファンドマネジャーの中には、日本株ショートの方が非常に多くいたと思います。恐らく企業を見ながらショートだったものを買い戻したり、新規にロングしたりといった動きをしているのだろうと思います。しかしマクロデータ的には、日本経済は足元が悪くなっています。この違いをしっかりと覚えておくことが大事です。

では大局観で日本は復活できるのか、生産性が回復できるのか、人口減への対応はできるのか。そして、もしこれから日銀が金利を少しずつ上げていったときに、その金利高で日本企業は対応できるのか。これらのテーマについて考えることは、非常に重要だと思います。

まずGDPについてですが、GDPは人口掛ける1人当たりGDPです。日本は人口が減っているので、今後GDPを増やすには1人当たりGDP、要は生産性を上げるしかありません。
しかし労働生産性や1人当たりGDPの推移を見ると、ますます悪くなっているのが分かります。労働生産性では直近のデータではランクが下がり、2020年の1人当たりGDPは10年前に比べて急激に下がっています。

この大きな理由は、賃金が上がっていないことです。データの取り方はいろいろありますが、このグラフではピンク色が日本で、とにかくひどい状況です。今回は上がっていると言われていますが、インフレ率よりは上がっていません。少し前にも話しましたが、ドイツの最低賃金・時給は急激に上がりました。2022年1月に1277円だったものが、2023年には1700円となり、しかし日本は31円しか上がっていません。イギリスは1700円、アメリカも州によって違いますがかなり高い金額です。そして円安といった背景もありますが、円が安くなって日本の購買力は下がっています。今年3月、私もカリフォルニアの博多一幸舎でラーメンとギョウザ、ビールといったランチセットを食べましたが、チップを足すと3000円で、このように円の購買力は減っているわけです。しかも賃金は上がらず、非正規雇用が多い。実はアベノミクスから岸田政権になって少しはましになったものの、残念ながら他国と比べれば厳しい状況なのです。
次に2番目の大局観の話は、為替についてです。このグラフは各国の実効為替レートで、複数の通貨との為替レートをその通貨国との貿易額(輸出+輸入)で加重平均して指数化したもの、つまり各通貨の本当の実力を見たものです。1970年からの約50年間のデータで、赤色が日本です。上にいくと通貨は強くなります。つまり日本は1995年の七夕介入の頃が円の力はピークであり、それ以降は、つるべ落としのように30年間、下がり続けています。昨日、今日で始まった円安ではありません。対して、ドル、ユーロ、中国元は方向的には強くなっています。つまり主要通貨の中では円が独歩安となっており、30年かけて円の本当の力が下がっているというのが、大局観なのです。
そして、この円安は終わるのか、貿易黒字はあるのか、円安だから輸出すればもうかるのか、そもそも輸出はできるのか、こういうことを考えるのが大局観を探ることになります。

—この記事は2023年9月17日に金融リアルタイムライブで放映されたの内容を一部抜粋し編集しています

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